行けました、画材店!
正確に言えば、「連れて行って頂けました」…本当に感謝です。
懐かしさで感動するものと思いきや、店舗が拡張されていて、増設部分にコミック用品が移っていたという不意打ちを受けた。
そうすると元の売り場には何が…?と覗いてみたら、来ていたのは日本画用品。
店舗内にはイベントの一環なのか、顔彩や岩絵具をお試しできるコーナーがあったので、挑戦してみた。
店員さんに教わりながら、指を使って膠と練り合わせて、筆で掬うようにして紙に乗せる。
感覚としては、七宝焼きに近い物を感じた。
顔彩のほうは、使い方は固形水彩に似ているんだけど、色の伸び方が独特だった。
日本画専攻の人達はこういうのを使いこなしていたのか…と驚いたし、
在学中に出会ってみたかった画材だなあ、とも思った。
正確に言えば、「連れて行って頂けました」…本当に感謝です。
懐かしさで感動するものと思いきや、店舗が拡張されていて、増設部分にコミック用品が移っていたという不意打ちを受けた。
そうすると元の売り場には何が…?と覗いてみたら、来ていたのは日本画用品。
店舗内にはイベントの一環なのか、顔彩や岩絵具をお試しできるコーナーがあったので、挑戦してみた。
店員さんに教わりながら、指を使って膠と練り合わせて、筆で掬うようにして紙に乗せる。
感覚としては、七宝焼きに近い物を感じた。
顔彩のほうは、使い方は固形水彩に似ているんだけど、色の伸び方が独特だった。
日本画専攻の人達はこういうのを使いこなしていたのか…と驚いたし、
在学中に出会ってみたかった画材だなあ、とも思った。
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本家*ENCRE*の『Farbe』のページを微修正しました。
大まかな概要(のような物)を冒頭に記載しました。
授業の一環でサイトを作成した時点で示された、
「絵がよく見えるように!余分な物は削いじゃって!」
という方向性から解放されつつある。
当時(から最近まで)の、
「書きたい事もあるけれど、外向けサイトだしな…」
という自己の中での納得からも解放されつつある。
この流れは、『Farbe』のページに世界観や相関図といった情報を追加したり、『逆さ橋』に相関図を追加した辺りの昨年頃から来ているんじゃないかなあと思う。
ある情報を全部出し切ろうとするとまた収拾がつかなくなるし、
「どこからどこまでを知って頂きたいのか」に都度立ち返りながらやっていこうと思う。
とてもスローペースではあるけれど…。
大まかな概要(のような物)を冒頭に記載しました。
授業の一環でサイトを作成した時点で示された、
「絵がよく見えるように!余分な物は削いじゃって!」
という方向性から解放されつつある。
当時(から最近まで)の、
「書きたい事もあるけれど、外向けサイトだしな…」
という自己の中での納得からも解放されつつある。
この流れは、『Farbe』のページに世界観や相関図といった情報を追加したり、『逆さ橋』に相関図を追加した辺りの昨年頃から来ているんじゃないかなあと思う。
ある情報を全部出し切ろうとするとまた収拾がつかなくなるし、
「どこからどこまでを知って頂きたいのか」に都度立ち返りながらやっていこうと思う。
とてもスローペースではあるけれど…。
『Farbe』の魔法族達が住む方の世界、某廊下部分のイメージ画。
PC画面によって色の変わりの振り幅が大きいような気がした一枚。
ウォーミングアップをゆっくり進めているような感覚だけど、習作レベルでも本家に掲載できるだけの枚数を重ねられると良いな…。
(追記)
同じく『Farbe』内。
2年前に描いたのを発掘した。
魔法族の一人・リヴィエの部屋。
魔法族が住む方の世界はまるごと屋内で、
魔法族は各自好きな部屋を見つけて住むふう。
大広間や廊下といった共有部は石造りで無機質な感じだけど、
ひとつひとつの部屋の中はバリエーション豊か。
住む魔法族の個性も反映されるし。
言ってしまえば何でも有りな国。
ルーベリーよりも制限が掛かっていながらも、何でも有りな国。
さあどうやってまとめようかと、途方に暮れかけている自分に気付く…。
自転車でプチ遠出して画材店に行きたいなあと思っているこの頃。
最近は休日の過ごし方が固定しつつあり、リズムが出来て良いのかなと思う反面、冒険したいという思いがむくむくと膨らんできている…
(茹でて作るケーキの調理過程をふと思い出した)
画材店、大学時代によく行っていたような専門性に特化した所に行きたい…。
最近はCGに傾いているから行く必要が無いといえばそれまでなんだけど。
それに画材店の楽しみって、作りたい物のイメージありきで、どの素材(や画材)を組み合わせて表現するかを、実物を見ながら頭の中で議論しまくるところにあるんだと思う。
着色用画材で新しい色を購入するときも。
そうした中で好奇心をそそられる物に出会い、
使い方をあれこれイメージしつつ、
また今度ねと自分をなだめつつ、
本来の目的の素材を検討しつつ、店内をうろうろする。
画材店に限ったことでは無いんだけど、とても個人的な考えなんだけど、
お店に行く楽しさは、
「何か良い物があるかな」よりも
「こういう物が欲しい!」の時のほうが大きいような気がした。
去る日曜日の父の日、具体的な物品を用意することが出来なかった。
母の日で燃え尽きたのかと思ったけど、おそらく違う。
「これをしたら喜ぶ!」というのを、父から見出せなかった。
きっと母のそれと共通していたりもするんだろうけど、「じゃあ●●を贈ろう」には直結しなかった。
改めて父との思い出を思い返してみると、
物よりも、
出来事よりも、
会話での思い出が大きかった。
物事に関する解釈だとか考えだとかを交わし合う会話、かな。
「子供の考え」として一蹴すること無く、
受け止めた上で、膨らまして返してくれる。または異なる視点を示してくれる。
どんなに感情的な事柄にも、具体的に返してくれた。
そんな、抽象的な思い出が大きかった。
父の日当日の夕刻、半ば苦し紛れに父に電話した。
返ってきたのは、
「声を聞かせてくれただけで充分だよ」
という言葉だった。
母の日で燃え尽きたのかと思ったけど、おそらく違う。
「これをしたら喜ぶ!」というのを、父から見出せなかった。
きっと母のそれと共通していたりもするんだろうけど、「じゃあ●●を贈ろう」には直結しなかった。
改めて父との思い出を思い返してみると、
物よりも、
出来事よりも、
会話での思い出が大きかった。
物事に関する解釈だとか考えだとかを交わし合う会話、かな。
「子供の考え」として一蹴すること無く、
受け止めた上で、膨らまして返してくれる。または異なる視点を示してくれる。
どんなに感情的な事柄にも、具体的に返してくれた。
そんな、抽象的な思い出が大きかった。
父の日当日の夕刻、半ば苦し紛れに父に電話した。
返ってきたのは、
「声を聞かせてくれただけで充分だよ」
という言葉だった。